一度は行ってみたい国、また行きたくなる国、ネパール  京都市  琴浦良彦

 

 

 子供のころ海辺で育ったためか、大学を卒業する頃になるとかえって山に憧れるようになり、スキーを始めたり、富士山の八合目や北アルプスの唐松岳の山小屋に2週間ほど滞在したこともありました。

そのころから山岳雑誌の写真にみられる紺碧の空に浮かぶ真っ白な山をいつかは一度目の当たりにしたいと思うようになりました。

 

 その後仕事が忙しくなり山に行く機会はほとんどなくなりましたが、65歳で定年を迎えた時、写真に興味を持つようになり、昔憧れた山の写真を自分のカメラで撮ってみたいと思う気持ちが沸々と湧いてきました。慢性の腰痛でとても高い山に登ることはできなくなりましたが、望遠レンズを使ってでも、とにかく白い山と紺碧の空をカメラに収めたいとずっと思い続けていました。

 

 そんな中、写真仲間の紹介でラマさんに出会ったのは、2014年の2月でした。この人であれば安心して旅の全てを任せられ、きっと自分の希望するところに安全に連れて行ってくれると感じたのが第一印象でした。山が好きで一度はヒマラヤを見たいという知人を誘って、6人でカトマンズ空港に降り立ったのがその年の10月初旬でした。初めてのネパールの夜、ネパール料理を食べに街のレストランに行きましたが、食事中突然停電で真っ暗になりました。しかし店の人はあわてることなく、ろうそくに火を灯して食卓に持ってきてくれ、なかなか雰囲気のある夕食を楽しむ事が出来ました。

 翌朝アンナプルナ山域を目指してプロペラ機でポカラに飛びました。右手の窓から生まれて初めてヒマラヤ連峰を雲の間に見ることが出来ましたが、雨季が完全に終わっていない為か雲が多く、しかも山はかなり遠くだったため、前から思い続けたヒマラヤのイメージとはほど遠いものでした。

 

 これこそヒマラヤ連峰だと思ったのは、ポカラから車で北に入ったサランコットの山小屋の屋上に上がった時です。夕方には一面雲に覆われていた空が、夕食の済んだ夜8時ごろになると雲ひとつない空に変わり、月の光に浮かぶアンナプルナ連峰に思わず息を飲みました。 (写真右:アンナプル2峰)写真クリックで拡大

         

 ヒマラヤ連峰が出来たと言われる5000万年も前から目の前の景色がずっと続いているのかと思うと、不思議なまた神秘的な感じがしました。

雪の被った山以外は見渡す限りの暗闇で人工の光は全く見えず、カメラのシャッター音以外は何も聞こえませんでした。この神々しい素晴らしい景色を、自然そのままの美しさを、なんとか家族や日本の知人に伝えたいとマチャプチャレやアンナプルナ2峰の写真を撮り続けました(写真下左:マチャプチャレ) 

 

 旅行中の10月の中旬はネパール最大の祭り、ダサインの時期と重なり、町では着飾った女性の姿が多く見られ、村の広場には見慣れない長い竹と縄で作ったブランコが目に付きました。写真下右:ブランコ) 

遊具のほとんどないネパールでは、昔から祭りの時期に大人が子供たちのために作ってくれたとの事です。壊れないかと心配するくらい力いっぱいブランコを漕いでいる子供たちの姿を見ながら、日本では忘れられつつある何かを見たような気がしました。                     真クリックで拡大

 サランコットの後チトワンで象の背中に乗ったり、カトマンズで街の見物などして帰国しましたが、サランコットの山小屋で見たアンナプルナ連峰の夜の景色は忘れることが出来ませんでした。撮影した約2000枚の写真を見返しましたが、予想した通り私の写真技術ではとてもネパールでの感動を十分に伝えられるものではないと認識しました。

 

 ネパール大地震のニュースを聞いたのはその翌年の春でしたが、ネパールに行ったメンバーが心配しラマさんの自宅の奥様に電話しましたところ、やはり神戸のお客さんを案内して山に入っているとの事でした。当初は連絡が取れないとのことでしたがすぐに無事が確認されたとの知らせがありほっとしました。ラマさんの帰国を待って、大阪で旅行に参加したメンバーが集まって半年前のネパール旅行の打ち上げの会を行いました。トレッキング中に大地震に遭遇し九死に一生を得た話、ヘリコプターでカトマンズまで脱出した話、お客さんを全員無事に日本に送り返した話を聞くにつけラマさんの優れた危機管理能力に改めて感心しました。

 

 震災で打撃を受けたネパールのために、自然豊かなネパールのために何か出来ることがないか考えましたが、やはりネパールにできるだけ訪れることが今出来る最大の応援だろうと思うようになりました。

 

 

 翌年の秋11月、大学時代の友人など8人でカトマンズ空港に降り立ち、その日のうちにボカラまで飛びました。今回は前回の経験から完全に雨季明けを待って出発したためかずっと好天に恵まれました。ポカラではラマさん推薦のフェア湖の絶景スポットに案内してもらい、湖に映りこむヒマラヤ連峰に見とれました。

 

 今回はさらに高い山に近づこうとヒマラヤ連峰の間を流れるカリガンダキ川沿いのジョムソン街道を北に足をのばし、8,167mのダウラギリ峰を目標としました。途中、川原に湧き出る温泉地、タトバニで1泊しましたが、世界一切り立った渓谷の奥にニルギリ峰が見え、夜北極星の周りを回る星、深い渓谷、奥に見える7000m級の山の写真は正に天地一体という感じがしました。 

(写真左:タトバニからのニルギリ)写真クリックで拡大

 

 翌日また、がたがた道を上下、左右に揺られながら4WDでナウリコットに向かう途中、昼食で休んだレストランの屋上から目指すダウラギリが見えて来ました。雲ひとつない紺碧の空に白い山が浮かんでおり、写真雑誌でみた一度は見てみたいと思っていた空の色に間違いありませんでした。

(写真右:レストラン屋上から)写真クリックで拡大

 その日はナウリコット村に建つ石つくりのロッジ、タサン・ヴィリッジに泊まりましたが、屋上に立つと、正面には   8.167mのダウラギリと大氷河、背後にはニルギリ峰、眼下にはカリガンダキ川と360度の大パノラマが広がっていました。

                  (写真下:ダウラギリ連峰の大パノラマ)

 

 夜、全く人工の光のない中で、月の光に浮かぶダウラギリ連峰は、まさに圧巻でした。一度は見たいと思っていた8000m級の山、ダウラギリ峰とヒマラヤの山々でした。翌朝の日の出の前、ダウラギリ峰のみが金色に神々しく輝いていました。  (写真左:夜明けに金色に輝くダウラギリ)

 

ラマさんを知る前はまさか見ることもないと思っていた山々を見ることができる幸せを存分に味わうことが出来ました。

 

 

 ジョムソンで一泊した後ポカラまで渓谷の中をプロペラ機で帰りしたが、行きは2日かけた道を、帰りはたった30分の飛行でした。前回泊まったサランコットの山小屋で一晩過ごし、マチャプチャレとアンナプルナ2峰に別れを告げてから、チトワンで一泊し象の背中から野生の犀を見たり、朝もやの中を仕事場にいく象の行進などを撮影した後、

カトマンズを経由して無事関空に帰ってきました。

           (写真右:早朝仕事にいく象)

 

 友人たちは初めて見るヒマラヤ連峰に、それも8000m級の山々を、間近に見る事ができ旅行中は感動の連続でした。またラマさんの行き届いた案内やサプライズ料理などで安心して楽しい旅を続けることが出来ました。私自身2回目の旅は1回目に比べ、カリガンダキ川に沿ってジョムソン街道をさらに北に進み、写真で見た憧れのダウラギリ近くまで行くことが出来、ネパールの自然の新たな魅力に取り付かれました。しばらくすると、またネパールに行きたくなると思います。

 ネパールは一度は行ってみたい国であり、一度行けば、また行きたくなる自然に恵まれた素晴らしい国だと思っています。